2000年代に入ったJGTC は、国内に留まらず、海外サーキットでの開催を開始。単年でのイベントに留まらず、継続した開催となっていきました。そして、GT500クラスは国産3車種と海外メーカーの20台前後が、GT300クラスは国内外の多彩なGTカー25〜30台余が参戦していました。
6月にマレーシアのセパン・インターナショナル・サーキットで日本のモータースポーツシリーズとして初の海外戦(シリーズ外の特別戦)を開催しました。マレーシアでも人気の日本メーカーや海外メーカーのGTカーが接戦を繰り広げるレースに3万人以上が熱狂しました。
第1戦 ツインリンクもてぎ
第2戦 富士スピードウェイ
第3戦 スポーツランドSUGO
特別戦 セパンサーキット
第4戦 富士スピードウェイ
第5戦 TIサーキット英田
第6戦 CP-MINEサーキット
第7戦 鈴鹿サーキット
競技車両の高速化に伴い、JGTCでもレスキュー体制が課題となり、JGTC開催レースとテストで走行中のコースにドクターが専用車で出動できる運用をこの年に試みました。これが翌年に救助や火災にも対応するFRO(ファースト・レスキュー・オペレーション)となり、現在まで続くSUPER GT独自のレスキューシステムとなっています。
第1戦 TIサーキット英田
第5戦 ツインリンクもてぎ
第6戦 鈴鹿サーキット
第7戦 CP-MINEサーキット
第4戦 セパンサーキット
第5戦 富士スピードウェイ
第6戦 ツインリンクもてぎ
第8戦 鈴鹿サーキット
この年は東南アジアを中心にSARS(重症急性呼吸器症候群)の感染拡大が起こり、第4戦マレーシア大会は開催できず、代替戦を富士スピードウェイで行いました。第5戦も富士開催だったため、第4戦の決勝はドライバーが1人で走る2レース制で行うなど、新たなフォーマットのレースとして実施されました。
第7戦 オートポリス
海外レースの第2弾は、米国西海岸のカリフォルニア・スピードウェイでした。シーズン終了後の12月にGT500の10台、GT300の11台で渡米して、エキシビションレースを開催。もちろん、日本のモータースポーツがアメリカでレースを開催するのは初めてのことでした。
第2戦 スポーツランドSUGO
第3戦 セパンサーキット
第4戦 十勝スピードウェイ
第6戦 オートポリス
All Star カリフォルニアスピードウェイ
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