1990年代に入ると海外では市販車ベース(グループA)やプロトタイプカー(グループC)によるシリーズに代わり、ツーリングカーの高性能車であるGTカーをベースとしたシリーズが主流になりました。日本でもチームやメーカーが参加しやすく、観客が楽しめることを基本とした“全日本GT選手権(JGTC)”が1994年にスタート。これがSUPER GTの原点です。
SUPER GTの前身である全日本GT選手権(JGTC)が4サーキット、全5戦でスタート。5月のゴールデンウィークに富士スピードウェイで開幕戦が行われ、現在のGT500のGT1クラスとGT300のGT2クラス(96年までの呼称)に計18台が参戦し、54,300人の観客を集めました。
第1戦 富士スピードウェイ
第2戦 仙台ハイランドレースウェイ
第3戦 富士スピードウェイ
第4戦 スポーツランドSUGO
第5戦 CP MINEサーキット
開催地に鈴鹿サーキット(開幕戦)が加わって5サーキット、全6戦となりました。また、前年のラスト2戦に1台だけ参戦したトヨタ・スープラGTが4台に増え本格参戦を開始。これによりGT-Rとスープラによる国産GTマシンの対決図式でも盛り上がりを見せました。
第1戦 鈴鹿サーキット
第2戦 富士スピードウェイ
第3戦 仙台ハイランドレースウェイ
第4戦 富士スピードウェイ
第5戦 スポーツランドSUGO
第6戦 CP-MINEサーキット
海外のGTレースで活躍するマクラーレンF1GTRが参戦し、この年のチャンピオンになるなど、順調に参戦台数・車種が増えました。今までのレースとは違い観客の満足度を高める施策も行い、ファン投票で出場者を決めたオールスター戦をシリーズ戦終了後に開催。以後、シリーズ戦以外のオールスター戦や特別戦などを開催してきました。
All Star セントラルサーキット
第2戦からHonda NSXが本格的に参戦を開始しました。GT-R、スープラに加えてNSXの登場で、現在に連なる日本3大メーカーのGTマシンによる競演が始まりました。
第5戦 CP-MINEサーキット
第6戦 スポーツランドSUGO
All Star ツインリンクもてぎ
この年からAUTOBACS(株式会社オートバックスセブン)がJGTCのシリーズタイトルスポンサーとなりました。SUPER GTとなった現在まで長きに渡りご支援をいただき、共にモータースポーツの振興に努める得がたいパートナーとなっています。
第2戦 富士スピードウェイ(悪天候により決勝中止)
第5戦 ツインリンクもてぎ
第7戦 スポーツランドSUGO
All Star TIサーキット英田
1995年に前年までF1で活躍した有力ドライバーのエリック・コマスが初参戦し、その活躍は大きな話題となりました。96年には同じくF1経験者のデビッド・ブラバムと海外GTで活躍するジョン・ニールセンのコンビがGT500チャンピオンとなり、98-99年はコマスがGT500を連覇。この頃から有力な外国人ドライバーの活躍が目立ち、海外からも注目されるシリーズとなりました。
第3戦 スポーツランドSUGO
第4戦 CP-MINEサーキット
第5戦 富士スピードウェイ
第6戦 TIサーキット英田
第7戦 ツインリンクもてぎ
All Star オートポリス
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